19.『幸せであるように』の誕生

――1989年1月7日のライブで初披露された『幸せであるように』は、前日のリハーサル中に生まれた作品であることはファンの間ではよく知られています。

 ある日、加藤が作ったサビのメロディとコード進行を元にしたデモテープを聴いたんですよ。「すごくいい曲だ」と思ったし、サビの歌詞がすぐに浮かんできた。ライブ前日のリハ中に、何回かセッションしながらAメロを作ったり歌詞を載せたりしているうちに、「これは何かすごいものができそうだ」という確信というか予感めいたものが僕の中に湧いてきて、「この曲を明日のライブで絶対にやりたい」という気持ちになったんですよね。他のメンバーは「曲の全体像がまだ見えてない」とか「構成もまだ決め切れてない」とかなり否定的でしたけど、何度か押し問答をして、最終的には「僕が歌いながら“次はAメロ”とか“次はサビ”と合図を出すのでそれについてきてください」と提案しました。そんなやり方、僕もメンバーもしたことがないし、最初はみんな困惑してました。でも「絶対に大丈夫ですから」と僕が繰り返すうちに、みんなも「じゃあやるか」と。今から思うと、よくみんな、あれでOKしましたよね(苦笑)。

――運命の分かれ道だったのかもしれませんね。

 当日はライブの中盤くらいに演奏したんじゃなかったかな。飯野さんが弾くイントロが流れた途端、会場の空気が変わるのがわかったし、演奏中のお客さんの反応もいつもとは全然違いましたね。僕自身も歌いながら、今まで感じたことのない感覚になったというか。演奏が終わったあとの拍手もそれまで聞いたことがないくらい大きかったし、長かった。ライブはそこから最後まで盛り上がったままで、生まれて初めてのアンコールをもらうんですよ。「アンコール、どうする?」となった時に僕が「もう一回『幸せであるように』をやりたい!」って。それでまた、僕が合図を出しながら演奏したんですけど、お客さんはすごく喜んで盛り上がってくれたし、メンバーも「これは本当にいい曲なんだ」と手応えを感じたみたいでした。後日、その演奏を録音したカセットテープを聴きながらスタジオで仕上げたのが、今の『幸せであるように』です。とはいえ、まだ完成してない曲を、しかも即興で2回も演奏するって・・。あり得ないですよね(苦笑)。

( 1986年と1988年のライブ音源を収録したカセット。インデックスカードは1989年の時のもの。この時、幸せであるようにを初演奏。)


インタビュー : 木村由理江