148. 活動停止期間明けのライブ“充電シスギ“は自分としては大失敗だった

――活動停止期間明けの最初のライブは、11月11日原宿アストロホールでワンマンライブ“充電シスギ”です。“恍惚機動隊”(ZI:KILLのKEN(G)、前田圭介(B)、波田野哲也(d)、タトウヤスユキ(Key)、タカハシユウコ(Per))という一夜限りのバンドで、アルバム『新呼吸』からはもちろん、FLYING KIDSの『野生のハマザキ』、『幸せであるように』や未発表曲を含め全20曲を披露。会場はぎゅうぎゅう、すごい盛り上がりでした。

 うーん・・。自分としては大失敗でしたね。納得いかないところがありすぎた。練習が足りなかったし、お客さんに喜んでもらうために、そして自分の想いを届けるために何ができるかを、十分に見据えられていなかった。ライブはお客さんとのコミュニケーションですから、途中で「これじゃあお客さんが満足できない、もっと盛り上げなきゃ」と焦り始めて、独断で本編とアンコールを続けたてやってしまったりしてね。ライブ終了後、「仕上がっていないものを見せてしまった」、「充電しすぎて俺は本当にダメになってる・・」と猛省しました。スタッフは「これはこれでよかったんじゃない?」と言ってくれてましたけど、とてもそうは思えなかったですね。お客さんのスイッチを入れるような楽曲も、揃っていなかったのかもしれないけど。

――11ヶ月ぶりのライブで、勘が鈍っていたのでしょうか。

僕が甘っちょろかったんですよ。初めてのメンバーもいましたから、コミュニケーションを大事にしようとリハのあとにほぼ毎回みんなで食事をしたり、新人マネージャーの代わりに物販のグッズについていろいろ考えたりして、肝心のライブにちゃんと集中できていなかった。自分自身のコントロールも、周りを機能させることもちゃんとできていなかったんですね。あれは本当に苦い経験でした。だから仕切り直すために、新たなバンドを組もうと考えたんです。ライブのためだけのバンドではなく、腰を据えて一緒に音楽作りができるようなバンドにしたかったので、活動制限期間中もしょっちゅう会って音楽の話をしたり食事をしていた前田くんと波田野くんはそのままにして、キーボードには大学の軽音学部で一緒だった堺敦生さんに入ってもらいました。コーラスの石山理恵さんは、事務所の上の人の紹介です。この時に加藤くんを誘わなかったのは、FLYING KIDS的なものから完全に脱却したかったから。ただ直後に前田くんがバンドを辞めてしまうんですけどね。

――当時の会報によると、新バンドでの初リハは11月21日。11月25日に浜崎さんと前田さんが話し合い、その日のうちに前田さんの脱退が決まったようです。

 「クビになった」と彼は言っているみたいですけど、そうじゃなくて。音楽やリハでの演奏についてやりとりするうちに、彼の中で自分の音楽性をもっと追求したいという欲求が高まっているのを感じて「自分のバンドを組んでみたら?」と提案したんです。その後、彼が高校時代のバンドを復活させてデビューしたのがレミオロメンです。で、次のベースを誰にしようかと思案していた時に、原宿のカフェでソロの最初の頃のバンドでベースを弾いてくれていた山田裕之くんに「お久しぶりです」と声をかけられまして。「これも何かのご縁かも」と閃いて正式に誘ったんですが、一緒に音を出した最初のリハーサルで、予感は確信に変わりました。

(家族写真。前列二人は兄と父。兄と父は他界。後列は自分と母と弟。)


インタビュー : 木村由理江