143. 新しい歌のあり方を見い出せたと感じた『ヒカリの春』

――アルバム『新呼吸』の6曲目は『ヒカリの春』です。プロデューサーは『呼吸のしるし』と同じ根岸孝旨さん。同時期にレコーディングしていたんですね。

 そうです。一人で曲を作り始めたばかりの頃の曲で、完成した時に「いい曲ができた」と嬉しかったこと、その日、食事の約束をしていたFLYING KIDSのディレクターだった安藤広一さんに聴いてもらって、「いいと思う」と言われたことを憶えています。安藤さんとはビジネスの関係は何もなかったんですけどね。

 『ヒカリの春』という言葉は辞書で見つけました。“冬の終わり、春の手前を〈光の春〉と呼ぶ”と書いてあって、いいなあ、と。当時はよく辞書を見て歌詞を書いていたんですよ。途中、田中花乃さんに入ってもらって少し直しました。サビの〔フワリ春の風〕とか〔ヒトリ海越える〕は彼女のアイディアだった気がします。

 とくに気に入っているのは〔分かりあえなくてもいいのさ〕、〔悲しいことがあっていいのさ〕というフレーズ。ネガティヴなことがあってもポジティヴにいられる、悲しいことがあっても一緒に前に進んでいけるということを初めて歌にできた気がしたというか。それまで書いていた歌詞に通じるようで、何か一線を画せた手応えがあったし、自分の新しい歌の在り方を見い出せたと感じました。

 イントロなしでいきなり歌が始まって、Aメロを2回繰り返してBメロに行き、一番が終わると間奏に入ってBメロ、Aメロ、そして最後はCメロで終わるという通常とは違う曲の構成もすごく気に入っています。聴く人にとっては不親切なのかもしれないけど、僕としては「新しいことができている」という想いでいっぱいでした。

――『瞬間接着愛』に続く8曲目は『DAN DAN』です。

 今もギターをなんとなく鳴らしながら楽曲になりそうな響きや音色をつかまえて曲を作ったりしますけど、この頃は意識的に変なコードを探していて、そうやって見つけたコードから作りました。Aメロは2コードですけど、どちらもややこしいコードです。

――“DAN DAN”という言葉はどこから?

 コード進行がそういう響きを持っていた気がします。その響きから歌詞の中身やディテールも決まっていったんだと思う。出会った男女が少しずつ距離を縮めていくという歌ですけど、例えば寒い時に人の温もりが恋しくなるのは人間の性だとしても、相手は誰でもいいわけじゃなくて“君”しかいない、そう思えるのは、タイトルの三文字の中に隠れているDNAのせいじゃないか、というようなことを歌にしたかった気がします。

――電子的な音が遺伝子同士のコミュニケーションのようにも聴こえます。

 この曲を作る時に使ったシンセサイザーKORG-01にプリセットされていた音ですね。プロデュースをお願いした柴田俊文さんがデモテープのあの音を残してくれたんですよ。こだわっていたつもりはないけど、楽曲のイメージにつながる音だったのは確かです。

 間奏で定番のギターソロには行かずハミングで盛り上がるのも、僕にとっては一つのチャレンジでした。しかもコードとハミングのメロディがぶつかっている。当時のエンジニアの比留間整さんにもそれを指摘された時に、「それも音楽だから、そのままでいいんです」と返した記憶があります。この間奏はすごく気に入っています。

Aメロを小さく歌っているのは、ソロになった僕の特徴のひとつ。FLYING KIDSではどこかで“異質”とされていたことを、自由にやれるようになったんですね。

(ファッション雑誌でモデルを務めたときのもの。)


インタビュー : 木村由理江