138. 誰かの物語にしたつもりが、結局自分の歌になっている
――ソロ第2弾シングル『どんな気持ちだい?』のカップリングは2曲。うち1曲が『テノヒラ』です。
この少し前にザ・ビーチ・ボーイズの研究に勤しんでいた成果が出てますね。ブライアン・ウイルソンはC/GとかG/Bと表記される分数コードをたくさん使っているんですよ。CとかGで表記する単純なコードとはルートと呼ばれる一番低い音が違って、響きが複雑になって奥行きが出るし、かっこよさが増すんです。“自分にしかできない音楽”を模索していた時期で、分数コードを使うのはのちに僕の作曲スタイルの一つになりました。
――ビーチボーイズはいつ頃から好きだったんですか。
高校くらいからかな。FLYING KIDS時代も、初めて自分で買った白いオープンカーでビーチボーイズを聴きながら現場に向かったりしていました。気分を上げるのによかったんですよ。この曲を書いた頃はボックスセット『ペット・サウンズ・セッションズ』(1997年)で『God Only Knows(『神のみぞ知る』)』を繰り返し聴いてたので、少し内省的な歌詞になったのかもしれない。
鳥の目線で街を見つめて、そこに住むいろんな人の人生を描こうとしたつもりでしたけど、今聴くと“ピュアな自分”をどうしたら保てるのかと、自分自身が逡巡している歌に思えますね。でも「負けたくない! 自分で自分の運命をつかまえるんだ」とも思っている・・。やっぱり不安がいっぱいだったんでしょうね。
完成には少し時間がかかった気がします。とくにイントロのギターのメロディがなかなかキャッチーにならず・・。最終的に白井良明さんが、パコーンと抜ける音でイントロをカッコよく決めてくれました。
――カップリングのもう一曲は、アルバム未収録の『静かなる暮らし』です。
ツアーとレコーディングに追われる日々だったのに、ソロになった途端、一人ポツネンと家で曲を作る日常になっちゃったんですよ。〔現在わたくし会社が潰れ ぶらぶらしています〕という歌詞の通り、曲作りの合間に当時ご近所だった雑司ヶ谷辺りの神社をよくうろうろしてました。料理を作るようになったのもこの頃からで、スーパーマーケットのチラシで特売品をチェックしたり。誰かの物語のようで、これも自分の歌ですね(苦笑)。今聴くとちょっと懐かしい。
――曲調は軽快ですが、内容は結構シリアスです。〔お金がなくても愛がある そんな暮らしをもう一度 取り戻せるだろうか〕という歌詞がなんだか切実に響きます。
当時の僕はまだ“お金を稼ぐこと=男らしさ”と思っていたところがありましたから、どこかで“力み”のない自分になろうとしていたのかもしれない。平日の昼間にぶらぶらしているとご近所の目も気になるし、不安な気持ちにもなるんですけど、「世捨て人みたいだな」と若干酔うような、「それもいいか」と開き直るようなところもありました。レゲエのリズムに乗せることでほのぼのした雰囲気にしたかったんでしょうけど、“気合の入っている浜崎”のイメージが自分にまだあって、そこまで衣装を脱いじゃっていいのかなーという迷いからカップリングにして、アルバムには収録しなかったんでしょうね。
この曲を作っていた頃には僕のデモテープもかなり充実してきていて、スタッフに「デモテープのままでいいじゃん」と言われたりしてた。プロデュースしてくれた柴田俊文さんも「間奏のキーボードはデモテープのままで」と、僕の音源を残してくれました。

(1990年4月、FLYING KIDSのメジャーデビューシングル「幸せであるように」が初登場した時のオリコン。14位でした。)
インタビュー : 木村由理江
