132. ラストコンサートの『幸せであるように』は完璧だった
――最後の新曲『アゲハ~これからの君と僕のうた~』にはどんな想いを込めたのでしょう?
“解散”を“開散”と表現したのは「ここでピリオドを打つのは次に行くためで、これが“終わり”じゃないよ」という想いを伝えたかったからだと話しましたけど、「これが“始まり”になるように」という願いがあったからだと思います。子どもの頃に庭で育てていたアゲハの幼虫が、羽化して飛び立っていくのを見た時のことがモチーフになっている気がします。『アゲハ』はその後、独り歩きをして学校の卒業式で流れたり、テレビ番組でも使われたり、非常に評判はよかったですね。リハーサルをやった記憶があるから解散コンサートで演奏したと思います。長いこと封印していましたけど、ファンの人からリクエストがあって、ソロの弾き語りライブで何度かやりました。
――6分弱の『アゲハ』の後半に10秒くらいの無音のインターバルがあります。
単にそうしたかったんでしょうね。「いずれまた」という気持ちが無意識にそうさせたのかもしれないけど、よくわからないです。それまでにないFLYING KIDSのサウンドだし、歌い方もそれまでとは違う。そういう意味では、FLYING KIDSは最後までチャレンジし続けたんですね。演奏もすごくいいし、「最後にこんな境地にまで辿り着けた」という感慨めいたものもありました。ずっとやってくれていたエンジニアの比留間整さんも、「これが最後か」という寂しさを感じていた気がします。
――ラストコンサート「これからの君と僕のうた」は1998年2月12日。会場は渋谷公会堂でした。コンサートを収録したビデオによると、29曲披露したようですね。
ファンクラブ限定で販売したビデオですね。『アゲハ』も歌ったはずなので全30曲だと思います。ちょっとやりすぎですよね(苦笑)。ベスト盤的な選曲で、緊張はしましたけどすごくいいコンサートでした。渋公は大好きな会場だったし、当然、お客さんもたくさん来てくれて嬉しかったです。最後に『幸せであるように』を歌っていて「今、自分はこの歌を完璧に歌い切れている」という感覚になったのをよく憶えています。「“歌の神様”が今、自分に降りて来た」みたいな。アドレナリンがめちゃめちゃ出てハイになっただけかもしれませんけどね(苦笑)。それもあってなのか、歌の途中で僕、泣いた気がするんですよ。それでお客さんに「よそで言わないでね」と言った記憶がある。その時の『幸せにあるように』はCD化されて、ベスト盤の購入者特典として抽選であとからプレゼントされたはずです。コンサートが終わったあとは、多少の寂しさはありつつもやり切った、という満足感と「ここから次へ」というワクワクした気持ちがありました。
でも僕自身はもしかしたら“終わり”というのをあまり意識してなかったんじゃないか、とも思うんですよ。翌日、お世話になったレコード会社のビクターに、事務所の社長とメンバー全員で挨拶に行くことになっていたのに、僕は全然起きられなくて集合時間に間に合わなかったんですが(苦笑)。そうやって区切りをつけることに意味はないと、どこかで思っていたんじゃないかな。事務所の社長とメンバーからしたらメンツ丸潰れだし、先方も「浜崎が来てないってどういうこと?」って思ったと思いますけど。あとから一人で挨拶に行って、いろんな人に苦笑いされました。事務所の社長にはめちゃくちゃ怒られましたね。大人になってあんなに怒られたのは初めてでした(笑)。

(サラリーマンをしていた時に雑誌に掲載された写真とプロフィール。)
インタビュー : 木村由理江

