128. 写真をもとに起こしたイラストをジャケットに
――アルバム『Down to Earth』のジャケットについても教えてください。
アートディレクターはエド ツワキさん、カメラマンは桐島ローランドさんでした。どちらも友達であり、「これこそがFLYING KIDSだ!」というアートワークを推し進めていた頃のスタッフです。『HOME TOWN』、『真夜中の革命』のアートワークに関して自分がスタッフとコミュニケーションを取りきれず、FLYING KIDSを十分に表現できなかったという反省があって、「やっぱりあの二人にお願いしよう」と思ったんです。
当然、ジャケットは桐島さんが撮ってくれた写真で行く予定でした。画角もメンバー各自のポージングも予めしっかり決めて撮ったんですが、出来上がってきた写真のインパクトが自分のイメージとはちょっと違っていて・・。それで僕のジャッジで、アートディレクターだったエドさんにお願いして、その写真をイラストに起こしてもらいました。桐島さんはとても残念がっていましたけど、最終的に理解してくれました。
当時は日本でも海外でも、CDジャケットの存在が非常に重要だったんですよ。音楽だけじゃなくパッケージを含めたアーティスティックなインパクトを商品化する時代だったというか。とくにアートディレクターの信藤三雄さんがその頃手掛けていたピチカート・ファイブやフリッパーズ・ギターといった渋谷系と呼ばれたミュージシャンのCDジャケットは、毎回斬新で、洗練されていて、みんなが驚くようなものだった。そういう状況の中、写真そのままでは丸裸みたいで戦えないなという気が、僕はしたんだと思います。仕上がったジャケットはカラーリングもデザインもすごく気に入ってます。紙ジャケットにしたのも正解だったと思う。非常にいいジャケットで、FLYING KIDSとして新しい世界を世に放つことができたと嬉しかったです。
――『Down to Earth』というタイトルはどこから?
桐島ローランドさんから教えてもらった言葉です。“地に足がついた”とか“ナチュラルな”という意味合いですね。その言葉をなぜこの期に及んでFLYING KIDSのアルバムのタイトルにしたのかな?(苦笑)バンドメンバーみんなで作っていることや、『境界線』のような等身大の自分が歌われていることを意識したのかもしれない。CDジャケットで“これがFLYING KIDSだ!”と表現することにこだわったのも、そういうことだったのかな・・。
――シンプルなようでなんだか複雑ですね。
そうですね。この頃の記憶は、当時も今こうやって話していても、少しぼんやりしてるんですよ。“だった気がする”としか言えないことがすごく多い。写真で進める予定だったものをイラストにしてもらったことも含め、うまくいっているようでそうでなかった部分がいろいろあったのかもしれないですね。当時は気がつかなかったけど。

(1998年2月12日の渋谷公会堂での「幸せであるように」のCD。)
インタビュー : 木村由理江

