112.『ディスカバリー』のトラックは、今聴いても満点

――のちに『ディスカバリー』として世に出る曲を、6月のパワステで披露していたところに「早くみんなに聴かせたい!」という熱を感じます。自信作だったんですね。

 その時はまだデモテープの段階だったと思うけど、この曲で進化したFLYING KIDSを示せる、四つ打ちのダンスミュージックに戻れるという確信がありました。『真夏のブリザード』で自分たちがやれるポップスは極めたという想いがあったし、『暗闇でキッス』以降ずっと続けていたテクニカルなシングル作りは終わりにしようと考えていて、「自分で蒔いた種だけど、これ以上続けることはできない。もう一度ダンスミュージックに帰ろう」と決めて取り組んだのがこの曲でした。

僕が作った曲が元になってますが、プリプロの段階でみんながいろんなアイディアを出し、全力で挑んでます。構造的にはシンプルなコード進行の循環ですけど、僕が“オーイオー”と叫んでいるところの上昇しながら分数コードに展開するというベースのアイディアは加藤くんが、ギターのリフは丸山さんが考えました。〔傷つきながら 僕等は それでも 旅にでる〕と歌ってるところは僕が理解できないくらい複雑な構造になっていて、そこは飯野さんのアイディアです。ポップスだけどそれまでのJ-POPでは使われていない和声を投入しているあたりに、飯野さんの込めたFLYING KIDSとしての意地、みたいなものを感じます。レコーディングでも、打ち込みのドラムを生に差し替えるときに、うまくいかないところのパーツを個別に、しかも繰り返し録るという普段あまりやらないことをしたり、いろんなことにチャレンジした曲でした。そういう“ディスカバリーな精神”というか“新たなものを発見していこうという意気込み”がこの曲には詰め込まれています。今聴いても満点なトラックだなと思います。ただ僕の歌はもう少しどうにかできたんじゃないかな。今より高いキーで歌っているのに、声がよく出ているのに感心はしたけど。

『風の吹き抜ける場所へ』以降続いていたやり方とは違う挑み方をしているので、ある時期のFLYING KIDSを超えた曲と言えるでしょうね。FLYING KIDSは守ことより、新しい時代に合わせて変化していくスタイルを選んだということ。今聴くとロックだなと思います。

――この曲の完成で制作に入っていたアルバムの方向性がクリアになったりはしたのでしょうか。

メンバーがどうだったかは定かじゃないし、自分がどこまで意識していたのかわかりませんけど、僕が“さらなる発見をしよう”と無我夢中だったのは確かですね。アルバムの方向性も僕が強く打ち出していて、そのベースにあったのは『ディスカバリー』のオリジナルの歌詞に込めたような怒りや苛立ちで、ファンクというよりパンクな気持ちだった気がする。『真夏のブリザード』で“ポップフィールドの極み”のようなところにまで行ってしまった反動もあり、バンド自体のアイデンティティが崩壊してしまわないように、初期のFLYING KIDSが持っていた“ソウル=心の叫び”みたいな部分をここでちゃんと取り戻しつつ、とにかく革新的なFLYING KIDSを構築しようとしていたんだと思う。そういう意味では『少年の宝物』は懐古的かもしれないけれど、自分の魂が叫ぶような歌をもう一回ちゃんと書かなきゃいけないという想いの現れだったのかな。

(写真はサラリーマン時代に書いた「心は言葉につつまれて」の歌詞。便箋は当時勤めていた会社のもの。)


インタビュー : 木村由理江