53.CDの歌をライブでどう再現するか、まったく考えていなかった

――『大切な人』は切なさが胸に迫るバラードです。作曲は飯野さんと浜崎さん。

 飯野さんが作ってきたコード進行をもとに、ピアノを弾く飯野さんの隣で僕が歌いながら、二人でやりとりしてメロディを作っていったんじゃなかったかな。その時に出てきた言葉で、歌詞も書いたはずです。最終的に仕上げる時に意識していたのは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンがカバーした『ケセラセラ』(オリジナルはドリス・デイ。1956年)でしたね。

――とてもシンプルなアレンジです。

 ウーリッツァーピアノとリズムボックスだけですからね。メンバーとも話したでしょうけど、最終的には僕と飯野さんでアレンジは決めたんだと思います。ハモンドオルガンのヴァージョンも録ったんですけど、それがまたすごくよくて。そのカセットが残っていたので、この間ファイル化しました。

――歌声も独特です。

 ライブで再現するのは不可能な歌ですね。当時は音源の歌をライブでどう再現しようとか、CDになった時の聴き心地とか、ラジオのオンエア的にどうかとか、繰り返し聴いてどうかとか、そういうことはまったく考えてなかった。とにかく精一杯歌ってそれを残す、ということだけでしたね。

――アルバムを締める楽曲は『ギターボンゴ』です。

 こういうふざけた曲をやろうと言い出すのは、大抵僕ですね(苦笑)。ふと思いついた“ギターボンゴ”という言葉の響きのかわいさが気に入って、何か作ろう、と。丸山さんが僕の出したアイディアを整理して曲にしてくれたんですね。この曲、おもしろくないですか。

――おもしろいですけど、『大切な人』の余韻がぶち壊しです。

 照れ隠しみたいなものですね。そういうところはいまだにあります。この曲、ライブではほとんどやってないんじゃないかな。再結成後に1度、どこかでやりましたけど、丸山さんのモチベーションが全然上がらなかった(笑)。

――前作『続いてゆくのかな』について伺った時に「“音像”に少し不満が残った」と話していました。その辺は2枚目で解消できましたか。

 『続いてゆくのかな』の音像はあれでよかったと、今は思っています。レコード会社サイドはFLYING KIDSを“新しい日本のポップス”という解釈で売り出そうとしていたわけだから、エンジニアさんがポップスやロック系の方だったのも頷けるし。ただ僕たちは、ルーツミュージックであるアメリカのファンクとイギリスのブルーアイドソウルを意識していたから、もっとごっつくてゴリッとした音を求めてたんですよ。それで2枚目は重心が低くて、ヘヴィな印象の音にしました。今にして思えばちょっとマニアックだった気もしますけど、自分たちが憧れている音に一度ちゃんと近づいてみないと、僕たち的にはさらに前に進めなかったんだと思います。あの時は“ファンクを日本のポップスとしてうまく仕上げようぜ”なんていう気持ちはさらさらなくて、とにかく本当に好き勝手に、自由にやってました。

(全てデニムによる衣装。「新しい方々」のシングルのジャケットで使用。)


インタビュー : 木村由理江