25.魅力的だったサラリーマン生活 

――サラリーマン時代はスーツにネクタイ姿ですか。

 典型的なサラリーマンという感じで、毎日紺のスーツを着て出社していました。スーツは成人式の時と就職祝いに両親に買ってもらったに2着しか持っていなかったはずだから、その2着を着回していたんじゃないかな。会社は築地で、始業時間は午前9時。それに間に合うように吉祥寺から中央線で四ツ谷まで行き、丸の内線に乗り換えて銀座、銀座で日比谷線に乗り換えて築地、というルートで通勤してましたけど、四ツ谷までの中央線がとんでもなくぎゅうぎゅうで、通勤用のバッグがどんどん遠くに運ばれていっちゃうんですよ。離さないように取っ手を握りしめているんだけど、腕がもがれるんじゃないかと思うことが何度もありました。

――「もういやだー、行きたくない」と思ったりはしなかったんですか。

いや。実際会社に入ったら魅力的なことがいっぱいあったんですよ。会社の先輩がお昼ご飯に連れていってくれるお店が、築地市場の場内の有名なカレー屋さんだったり近所の老舗の洋食屋さんだったり、バラエティに富んでいる上にどれもすごくおいしいお店ばかりでしたからね。いまだに忘れられないお店がいっぱいあります。仕事が終わったあとも、先輩に連れられて銀座でお酒を飲んだり食事会をしたり。“銀座”は東京で一番かっちょいい街なわけですから、高揚感がすごくありましたね。食べたり飲んだりすることは嫌いじゃなかったから、毎日すごく楽しんでました。

――広告関係の仕事は当時から花形だったし、世の中が元気な時期もありましたからね。

 そうでしたね。一度も飛行機に乗ったことがないと話したら、当時の上司が「じゃあ大阪出張に連れて行こう」と新幹線じゃなく飛行機で大阪に連れて行ってくれたこともありました。飛行機の中で耳の奥がツーンとするのを溜めに溜めて「頭、痛てー」ってボヤいたり、上司に“耳抜き”を教えてもらって唾を飲み込んだら耳が抜けると同時に頭の中でドカン! と音がして「飛行機ってすごく苦しい」って思ったり(苦笑)。その夜はクライアントさんの接待ということで、僕もご相伴に預かって生まれて初めて京都で鱧を食べましたけど「全然わからない、この味」と思ったりもしましたね(笑)。

――先輩からしたら可愛い後輩だったでしょうね。

 それはどうでしょうね。なんにしても当時はまだバブルで景気がよかったから、本当にいろんなことを体験させてもらいました。別の上司が“研修”という名目で「今の東京のトレンドをみんなで見てこよう」と新入社員を月島にあるフレンチレストランに連れて行ってくれたこともありましたね。キャビアが載った前菜が出て、人生初のキャビアの美味しさにびっくりしたのを憶えています。その時に、開発計画は発表されていたけどまだ高層ビルがひとつも建っていなかった横浜のみなとみらいの辺りにも行ったんですよね。会社では大人の階段をいくつも登らせてもらいました。社会人でいることが一番楽しい、みたいな時代だったと思うし、僕も「社会人サイコー!」って思ってました(笑)。

(過去と未来のスマイル。)


インタビュー : 木村由理江