173. メジャーレーベルと再びタッグを組む
――当時の会報によると、ミニアルバム『2002』完成直後の2002年11月から次のアルバムに向けた曲作りと翌2003年3月から放映するドラマ『ご近所探偵 TOMOE』(堤幸彦監督作品)の撮影に入っています。年明けには小泉今日子さんのアルバム『厚木I.C.』(2003年4月23日)収録の『厚木』(作曲:宮沢和史)の歌詞を書き、小泉さんに書き下ろした『シャボン』の歌入れにも参加。さらに4月からTVK(テレビ神奈川)で始まった音楽番組『Music Chat』の司会を務め、6月22日の夏至には“100万人のキャンドルナイトコンサート”@芝公園 増上寺に出演しています。自然食品などを宅配する〈大地を守る会〉が現在も、夏至と冬至に「でんきを消して、スローな夜を」と呼びかけているイベントで、この時が初回でした。フリーライブなのに忌野清志郎さんと小泉今日子さんも登場するという贅沢な顔ぶれで、ライブの最後にはカウントダウンでご近所の東京タワーが2時間の消灯に入ったりと、印象的なイベントでした。オファーはどちらから?
大地を守る会の関係者です。その方は僕のファンクラブにも入っていらしたのかな。音楽関係のイベントの開催は初めてのようでしたから、「協力できることがあったらやりますよ」と伝えていたら、「大地を守る会をご利用いただいている忌野清志郎さんに、出演をお願いしていいものでしょうか」と相談されまして。清志郎さんの事務所に連絡してみるよう勧めたら、後日、「ハマちゃん、出るのかね」と清志郎さんから電話がありました。ちょうどその頃、カメラマンの小暮徹&こぐれひでこ夫妻を中心にした食事会で何度か一緒になっていた小泉今日子さんから、2軒目に流れたバーで「もう一回歌をちゃんとやろうと思ってるんだよね」と聞きまして。「だったら人前で歌うことを少しずつ始めてみれば? 今度、清志郎さんと一緒にイベントに出るけど」と。それで彼女がシークレットゲストで出ることになったんです。僕は堺敦生さんと二人で出ましたけど、小泉さんとは僕が彼女に提供した『シャボン』を歌い、最後に清志郎さんと一緒に『雨上がりの夜空に』をやりましたね。
――この年、東芝EMI(現ユニバーサル ミュージック ジャパン)への移籍も決まっています。
いろんな局面で僕の力になってくれているDJの鈴木しょう治さんが、「ハマちゃん、メジャーレーベルでもう一度やったら?」と紹介してくれたんです。ソロアルバムのひとつの到達点だと手応えを感じていたアルバム『AIと身体のSWING』は、思っていたほど手に取ってくれる人の数が伸びず、「そんなつもりはないけど、自分が気合を入れるとマニアックになりがちなのかもしれない。みんなが受け入れやすいようにもう少しポップにしていこう」という意識になっていた時期でしたから、新しい環境や新しいディレクターが提示してくれるアイディアやイメージは、きっと作品作りのいい刺激になるだろうと思ったし、当時は小沢健二くんとか宇多田ヒカルちゃんとか椎名林檎さんとかを抱えるキレッキレのレーベルでしたから、何かおもしろいことができるんじゃないかとも思い、先方と話してみたんです。ザ・ビートルズのレコードを出していた東芝EMIは好きなレコード会社のひとつでもありましたしね。その時に聴いてもらったのが『トワイライト』でした。移籍が決まった時には「よし、次に行くぞ!」と気合が入ったと思います。

(1999年4月21日クラブ・プラスティックでのシークレットライブの時の写真。)
インタビュー : 木村由理江

