172. 「ステージでは獣のように自由に」

――「LIVE TOUR 2002初夏 スイングしなけりゃ意味がない! It don’t mean a thing If it isn’t Swing!」の盛り上がりは、すごかったようですよ。当時のファンクラブの会報によると、京都では拍手が鳴り止まずダブルアンコールに応え、福岡では声が枯れるのも構わず歌う浜崎さんをスタッフが止めた、と。最終日の東京も、もちろんすごかったです。

 僕自身はあまり克明に憶えていないですけど、ソロ活動に必死に向き合う中でたどり着いたひとつの到達点のようなツアーだったと思います。前にも話したように、FLYING KIDSはリハーサルで“完成形”を仕上げてステージに上がるタイプのバンドですけど、ハマザキバンドは音で会話をしながら演奏を進めていくので、演奏が毎回違うし、次の瞬間何が起きるか、まったく予測できない。不意に演奏にパワーが宿る時があれば、それが失われてしまう時もある。本当に一期一会というか。その一瞬の尊さと儚さ、それこそがおもしろさであり、そういう瞬間に立ち会える喜びみたいなものをステージ上と客席で共有していくのがエンターテインメントなんだな、と初めて知ることができたツアーでしたね。僕が毎回、「新しいものを生み出す」感覚でライブに臨むようになったのは、このツアーからだと思います。

――『2002』の4曲のライブ音源を聴くと腑に落ちます。バンドの勢い、浜崎さんが歌に込めた熱量が溢れてくるようです。

 ハマザキバンドの演奏は隙間があるのにすごくうねるんですよ。その中で歌と自分の境目がわからなくなる瞬間が何度もあって・・。そういうライブは初めてだったし、自分の歌のエネルギーも、それまでとは違うものが引き出されていたと思います。このツアーで改めて、「ステージで自分は、声を発する獣のように自由になるんだ」という根本にあった想いを再確認できたのも大きかったです。そのあともいろんな葛藤はあったし、弾き語りのツアーが始まるとまた新たな心情が生まれてより複雑化してはいますけど、「歌うことで自由な感覚になる」というのは今も変わっていないですね。

――当時の会報には、「(このツアーで)FLYING KIDSの渋谷公会堂での解散ライブ以来の感覚にもなった」と書かれてました。

 しっかり音楽に向き合う冷静な自分と興奮している自分が、混じり合うことなく並走しているような感覚ですね。解散ライブという特別な状況だからそうなったんだと思っていたので、普通のライブでもそうなれるんだ、と非常にびっくりしました。貴重な音楽体験が得られただけでなく、「充電シスギ」(2000年11月11日@原宿アストロホール)のトラウマが、このツアーで払拭されました。ライブ音源を残しておいて本当によかったです。

――アルバム『2002』は2002年12月8日の発売。年末12月28日には“HTBK(浜崎貴司の忘年会)~昼から? 夜から?”@下北沢440がありましたね。

2回公演で、ハマザキバンドも一緒でした。このライブ以降、彼らとステージで演奏する機会は遠ざかり・・。2024年7月20日の“LIFE WORKS LIVE~Since2011/終わりなきひとり旅sono207 横浜特別編~ハマザキバンド復活!!”@横浜THUMBS UPは、22年ぶりだったわけですね。

(1999年頃のレコーディングスタジオにて。右はキーボーディストの柴田俊文さん。左はシンガーソングライターの斎藤誠さん。)


インタビュー : 木村由理江