171. シャンソン歌手・越路吹雪さんの楽曲の影響
――『海岸線』の浜崎さんの歌声は情感たっぷりで、思い入れの強さを感じました。
当時、ファンクラブの会報を一緒に作っていたデザイナーの林修三さんが湘南に住んでいて、林さんのご家族も交えて、流木を集めて砂浜で焚き火をする機会が一度あったんですよ。時間帯としては夕暮れから夜ですね。その時の風景と、自分が子どもの頃によく聴いていたシャンソン歌手の越路吹雪さんの『誰もいない海』(作詞:山口洋子 作曲:内藤法美 1967年に作られた楽曲で、男女フォークデュオのトワ・エ・モアも越路吹雪と同じ1970年11月5日にシングルを発売)のなんとも言えないセンチメンタルな世界観が相まってできた作品です。そういえば越路さんの歌う『愛の讃歌』も好きだったな・・。ソロになってからの僕の感傷的な楽曲は、越路さんの影響が大きい気がします。FLYING KIDSではあまり表立ってやれなかった感性が、ここで炸裂したんですね。
――私がよく聴いていたのはトワ・エ・モアの『誰もいない海』でしたけど、『海岸線』は確かにあの曲が持っていた寂しさと力強さが混在する雰囲気は共通している気がします。歌詞のある前半もいいですが、時折スキャットが入るだけの後半もとても素敵です。歌詞はないのに歌を感じるし、ブレスの音も歌に聴こえるようでした。
一時期ライブでよく歌っていて、その時は後半の歌詞を書き足して歌っていました。譜面に残してあるだけで、どこにも収録していないんですけど・・。もしかしたら未完成だったのかもしれない(ぽつり)。後半の長く続くピアノとスキャットだけの部分、今日、久しぶりに聴きましたけど、確かに感情とか情景みたいなものが持続している感じがしますね。堺敦生さんはシャンソンの歌い手さんのピアノを弾いたりもしていましたから、楽曲の世界と彼のプレイがばっちりハマって、歌ってないのに歌を感じるのかもしれない。
――なるほど。
さっき、一時期ライブでよく歌っていたと話しましたけど、当時の僕はまだ30代後半。“死”は身近ではなくずっと遠くにあるものだったから、意識せず自然に“死=刹那”を扱えたし、センチメンタリズムで表現できたのかもしれないと、今になって思います。歳をとって現実味を帯びてくると“刹那”は少し辛くなってくる。それで違うモチーフを選ぶことが増えました。この間も、ある若いミュージシャンがコンサートで「いつか人は死ぬんだから、今をもっと楽しもうぜ!」と話すのを聞いて、「そんなことわかっているから言わないでくれ・・」と思ってました(笑)。
――4曲から7曲目までの『俺はまたいつかいなくなるから』、『SONIC CITY SURVIVER~瞬間接着愛』、『MUSASINO』、『時はただ今だけを乗せて』は、2002年5月8日から始まった「LIVE TOUR 2002初夏 スイングしなけりゃ意味がない! It don’t mean a thing If it isn’t Swing!」の最終日(2002年5月25日)、渋谷クラブクアトロのライブ音源です。
ツアーが始まってすぐに「これは自分にとって特別なツアーになる、音源を絶対に残すべきだ」と感じて、収録をお願いしました。レコーディングも充実していたけど、メンバーとステージで演奏する手応えはさらによくて・・。当日演奏した20曲の中から厳選した4曲です。『SONIC CITY SURVIVER~瞬間接着愛』は、『新呼吸』(1999年11月20日)収録時にもともとのタイトル『SONIC CITY SURVIVER』から『瞬間接着愛』に変更したのを、ハマザキバンド仕様のアレンジに合わせて再度変更したもの。「今この時点でのハマザキバンドのサウンドをぜひ!」と思っていました。

(1999年7月17日、渋谷 ON AIR WESTで開催されたライブの時のもの。ギターはGIBSON ES-345。)
インタビュー : 木村由理江

