163. アルバムには“自分が理想とする歌”が収録されている
――アルバム『AIと身体のSWING』の3曲目の『MUSASINO』のアレンジもメンバーで?
セッションでアレンジは固めましたけど、イントロと間奏に、堺敦生さんが考えたライブで盛り上がるような仕掛けがかなり施されています。メンバーの演奏も、歌の世界観を見事に表現しているし、最後に加わった森真美さんのスキャット的なコーラスが非常に功を奏していて、青春の無垢さにも通じる、突き抜けるような青空が浮かんでくる気がします。『Musasino-2000』は鉛筆で描いた素描だったけど、やっとちゃんと色彩のある絵に仕上がったんじゃないでしょうか。
――浜崎さんのシタールの音色もいい仕事をしている気がします。
前作に引き続き平和島の倉庫街にあったサウンドクルースタジオでレコーディングしていたんですが、楽器のレンタル業もやっているスタジオで、宣伝も兼ねていたのか、当時は楽器が使い放題だったんですよ。「シタールギターはある?」って訊いたら持ってきてくれて「どうぞ」と。サウンドクルースタジオには本当にお世話になりましたね。
――吉祥寺には私も1970年代後半に2年ほど住んでいましたけど、いい街ですよね。
僕は大学に入学した1985年からデビューする前後までの5年くらいかな。当時は老舗のジャズ喫茶やライブハウス、中古レコード屋や古本屋が今よりもたくさんあったし、映画館もいくつかあって新旧いろんな作品が観られた。他にも個性的なお店があったり、最新ファッションを発信するパルコがあったり、井の頭公園があったり、散策してるとどこかから練習するサックスの音が聴こえてきたり・・。文化と自由を感じさせる街でしたね。その街で僕は、夢とか希望とか孤独とか焦燥とか、いろんなものを抱えてました。そういうあれやこれやが、この曲には込められています。
久々に聴いて、自分の歌に驚きました。当時は37歳かな。声もよく出ているし、テクニックもそれなりについていた時期でしたね。バンドの演奏も本当によくて、自分が理想とする歌がこの曲にはあると思いました。アルバムの他の曲にも言えることですけど。
タイトルの表記を『MUSASHINO』ではなく『MUSASINO』にしたのは、カメラマンの伊島薫さんに「ローマ字にはヘボン式と訓令式 があって、日本政府が公式に認めているのは訓令式だ」と教えられたから。それで訓令式にしたんです。(註:2025年12月、日本の正式なローマ字表記はヘボン式に。)
――4曲目は『時はただ今だけを乗せて』。『boot 2』収録のdemo versionの完成版です。
アコースティックギターでファンキーなグルーヴを表現したdemo versionも、それまでとは違う“浜崎貴司の世界”を表現していたと思うんですけど、ブラックミュージックのフィーリングを、FLYING KIDSとは違う形で、もう一度自分の音楽に取り戻したいという想いが強くなり、最終的にソウル、ジャズ、ファンクといったいろんなブラックミュージックの要素が少しずつ混じり合ったバラードになりました。森真美さんのコーラスでゴスペルのニュアンスもプラスされたし、山田裕之くんのベースも非常におしゃれでかっこいい。バンドとのセッションのおかげで、僕のヴィジョンをはるかに超えるものができた。このトラックは自分のソロプロジェクトのひとつの完成形という気がします。
以前も話した気がしますけど、歌うたびに素直な気持ちにさせてくれる曲です。

(「AIと身体のSWING」のミュージックビデオを紹介した記事。)
インタビュー : 木村由理江
