161. タイトル曲『AIと身体のSWING』になった『夜は僕らを待っている』

――ソロ3枚目のアルバム『AIと身体のSWING』の制作は「オレマタ、マタ?」ツアー(2001年10月27日~11月6日 全5本)終了直後から始まったようです。数度に分けてリハーサルとレコーディングを行い、2002年1月27日にトラックダウン。冒頭のタイトル曲『AIと身体のSWING』はもともと、「オレマタ」ツアー(2001年6月)でも披露した『夜は僕らを待っている』だったそうですね。

 レコーディング後半、ジャズ色の強いアルバムになりそうだとわかった時点で、「アルバムを象徴するリード曲が欲しい」と思ったんです。レコーディングの作業に入ろうとしていた『夜は僕らを待っている』が、ジャズっぽくて、インパクトもあったのでちょうどいいんじゃないか、と。タイトルを再考し、歌詞も新たな表現で書き直しました。

――それで『AIと身体のSWING』に変更した、と。

欲望を表す“愛(AI)”と“身体”、音楽的な意味合いだけでなくセクシャルなイメージもある“SWING”を入れ込みました。“AI”は“愛”と“AI(人工知能)”です。対極にある両方のことで、AI時代を先取りしようという意識もありました。今のようなAI全盛の時代が来るとは、当時は思ってもいませんでしたけどね。(パソコンで過去の日記を確認しながら)2002年の1月4日に『夜は僕らを待っている』の歌詞の再検討を始めて、3日目にはもうタイトルが『AIと身体のSWING』に変わってるのか。ふーん。で、最終的に歌詞を仕上げたのが1月24日・・。並行して他の作業を進めながら、約3週間、ずーっと考えていたんですね。

――『夜は僕らを待っている』はどんな経緯でできた曲ですか。

FLYING KIDSが、3枚目のアルバム『欲望は青春のカタマリだ!』(1991年10月21日発売)の翌年に“夜は僕らを待っている”というサブタイトルのツアーをやっているんですよ(メインのタイトルは“SPESCIAL CLUB NIGHT ’92”ツアー 全4本)。当時からそのサブタイトルで楽曲を作ろうというアイディアはありつつ、なかなか形にできないまま時間は過ぎ・・。アルバム『俺はまたいつかいなくなるから』以降、一緒にアルバムを作っていたバンドのメンバーとセッションする中で、「今ならできそうだ」と思ったんでしょうね。ある時、「こんな曲が作りたいんです」と、イントロでも使われている“♪ザンザンザーン”というジャズをイメージしたフレーズを堺敦生さんに口で伝えたら、「こんな感じ?」と返してくれたピアノのリフがまさにドンピシャで。そこからメンバーとセッションを始めたんですが、“マイルス・デイビスやアート・ブレイキーが活躍したビバップ全盛の頃のジャズにビッグバンドのホーン・セクションをプラスする感じで”という僕のイメージを、堺さんが深く理解してリードしてくれました。堺さんのピアノはもちろんですけど、ドラムの波田野哲也くんとベースの山田裕之くんのキレッキレのグルーヴも、ゲストの武田和大くんのサックスも素晴らしいですね。武田くんは堺さんと同じく、僕が大学時代に組んでいた東京ニューブリーフ&ボンバーズのメンバーで、この時が久々の再会でした。相変わらず素晴らしい演奏でした。

 モチーフはジャズですけど、他の曲はほぼ作り終えたあとでしたから、僕はロックンロールを作る意気込みで野獣のように歌っています。後半の間奏の雄叫びは、発情した雄犬の遠吠えを真似たもの。本能の叫びがコンセプトに通じる気がしたんですよ。

(アルバム「AIと身体のSWING」のジャケット。イラストは細谷由衣子さん。読み方は「あいとからだのスウィング」です。)


インタビュー : 木村由理江