158. 「いい曲ができた、すぐに聴かせたい」を『boot』で形に

――2001年秋、浜崎さんはイベント「ECOSOPHY」を東京(10月4日)と大阪(12月3日)で開催しています。

 周りのスタッフから、「浜崎さん、イベントをやりましょう」という話がいろんな形で出てきまして。僕も、アルバム『俺はまたいつかいなくなるから』はその頃の時代からすると非常に挑戦的な作品だと思っていましたから、同じようにチャレジしているミュージシャンとイベントをすることで、ひとつのムーブメントみたいになったらおもしろいんじゃないか、と。タイトルの”ECOSOPHY“はecho(共鳴)とphilosophy(哲学)を合体させた造語です。当時よく、プライベートで言葉についていろいろやりとりしていたフランス人の友達からアイディアをいただいて、僕がつけました。

――浜崎さんが立ち上げた最初のイベント、ですよね。

そうなんですけど、割と軽い気持ちで始めたものでしたから、「僕が大将です」という意識はなかったですね。“お飾り”でもなかったけど、今のGACHIみたいに全部を背負って、という覚悟はまだなかった。その時にイベントの成り立ちを詳しく知れたのは大きくて、のちにGACHIスペシャルを始めた時に非常に役に立ちました。

とはいえ、よくやったなー(遠い目)。まだ若かったから深く考えずに突き進めたし、「おもしろいことをやろう、お金じゃないよ」という心意気で集まってくれたミュージシャンばかりでした。

――「ECHOSPY」の会場では4曲入りの『boot 2』が限定販売されています。1曲目は『時はただ今だけを乗せて(demo version)』です。

 母方の祖父母の家で作った曲です。僕はその家が大好きで、子どもの頃からしょっちゅう遊びに行っていたんですよ。高校時代も週に1度か2度は、祖父母と一緒にテレビを見て、お小遣いをもらって帰る、みたいな(笑)。祖父母の存在も大きかったけれど、いい空気が流れていて、なんとなく品もあって、本当に居心地のいい家でしたね。でも祖父母が亡くなって、手放すことが決まってしまった。明日はもう人手に渡るという最後の日に、宇都宮に行って半日、その家で過ごしました。夕方、父親が勤めていた県庁からの帰りに様子を見にきて、「一緒に帰ろう」とふたりで鍵を締めたのが最後です。その時に祖父母の家から持ち帰った椅子は、いまだに自宅で使っています。

――当時のファンクラブの会報にも「2000年3月15日 宇都宮の母の実家へ。誰もいない家でこの家に送る曲を作る」とありました。

テーマは“時間”かな。止まることのない時間の流れによってすべては移ろい、すべては失われてしまう・・。歌詞というより詩=ポエムに近い気がします。悩まず書けたし、タイトルにも迷わなかった。それを一人多重録音で録った音源です。「まだ手を入れる余地はあるぞ、まだ完成してないぞ」とわかっていたのにここで発表しちゃったのは、「いい曲ができた、すぐに聴かせたい」という想いに突き動かされたからでしょうね。

(当時在籍していた事務所のスタッフの田仲亜希子さんと。ファンクラブイベントの際、ファンの方々と撮る写真の試し撮り。彼女は2024年に亡くなりました。)


インタビュー : 木村由理江