155. デモテープ音源をまとめた『boot』をライブ会場で限定販売

――アルバム『俺はまたいつかいなくなるから』の発売は2001年6月2日。6月30日からツアー「オレ、マタ」(全6公演)が始まって、7月14日に渋谷ON AIR EASTで最終日を迎えています。

 1997年にソロになり、新たなレコード・レーベルから1999年秋にアルバム『新呼吸』を出したわけですが、その数ヶ月後にレーベルがなくなり、事務所を移籍し、移籍に伴う大人の事情で仕事ができない期間があったりして、なんていうか、「世の中から消される」くらいの感覚にちょっとなったりした時期もあって。だからアルバムの制作に入る時には、「もう一回ゼロから始めよう」という意識でした。結果、自分なりに納得のいくアルバム『俺はまたいつかいなくなるから』ができて、その制作を支えてくれたメンバーと回るツアーでしたから、当然気合は入ってました。毎回とても楽しくて、充実もしていました。いろんな意味で悔いが残った「充電シスギ」(2000年11月11日@原宿アストロホール)のリベンジもできたし、ソロ・浜崎貴司のエンターテインメントの形を作り上げられたツアーでもあったと思います。アルバムの評価は賛否両論だったし、FLYING KIDS的なものを期待してライブに来てくれたお客さんは十分に満足させられなかったかもしれないけど、ツアーが終わった時には「さらにもっと先へ!」と意欲的になっていたと思います。

――ツアー会場では3曲入りの『boot 1』(空気の底レコード)を販売しています。

 誰かに「ブートレグを作ろう」と言われたんじゃなかったかな。ボブ・ディランは、1991年から出している『The Bootleg Series』について「こっそり録った非公認の音源で儲けている人間を撲滅させるため」みたいに話していましたけど、アルバム未収録の素晴らしい音源も含まれていたから、たまたまその時の選択で漏れてしまった個人的に気に入っている音源をみんなに届けたい、という発想もきっとあったと思っていて。僕にも宙ぶらりんになっている、未完成だけど捨て難い音源がいっぱいありましたから、それを世に出せるのはいいな、と。

販売をライブ会場限定にしたのは、レコードメーカー系列の事務所に所属してはいたけれど、メジャーレーベルの流通やシステムにちょっと懐疑的になっていたから。僕の好きなプリンスも自分のレーベルで作ったCDを自分のサイトだけで販売していた時期があるし、僕も面倒な段取り抜きでCDを売りたいと考えたんです。

 いわば“自主制作盤”ですから、価格も抑えて低予算で作りました。封入する紙ジャケットは必要ないと考えて、『boot 1』は写真のステッカーを貼っただけ。でも「もっとちゃんとしたほうがいい」という意見があったので、『boot 2』では紙のジャケットを封入しました。どちらの写真も、アルバム『新呼吸』のジャケット撮影のロケで伊島薫さんが撮ってくれたものです。都内の公園で伊島さんに「(風防がついた)ヘルメットをかぶって草むらに寝転がって」と言われ「これじゃあ落ちてきた宇宙人みたいじゃん」と思っていたのを憶えています(苦笑)。結局、その写真はボツになったんですが、捨て難いおもしろさがあったので、ここで使わせてもらいました。プレスは台湾です。国内の方が音質も含め安心なんでしょうけど、「そんなに違わないだろう」と。これをちゃんと売り上げて、事務所に貢献しないとなーと思ってました。

(当時のレコーディング風景。ギターはMartin O-18。)


インタビュー : 木村由理江