154. 作らざるを得ない、作らなければ何も始まらなかったアルバム
――ロマンチックで破壊的な『All My Loving』。久々に聴いてどうでしたか。
間奏に驚きました。オリジナルにはない、僕が考えたものです。僕のアコギのソロの音源を途中から逆回転させたりまた元に戻したりしているんですが、エンジニアの芹澤重樹さんを交えて、アイディアを出し合って作業したのを思い出します。今聴いても新鮮だし、よくできていますよね。そういえば芹澤さんは元々ベーシストで、お借りしたウッドベースでレコーディングもしたし、ジャケットの撮影にも使わせていただいた気がする。
細野晴臣さんがこの曲をラジオの番組でかけてくれた時には、とても嬉しかったですね。
――おまけに『偉大なる女性に告ぐ part2』が収録されています。
僕には一旦完成させた曲の別ヴァージョンを録りたくなるという悪い癖がありまして(苦笑)。何が気になったのか今となっては思い出せませんけど、新たなアイディアを提示してセッションして録音しました(当時の会報によると翌日)。最終的にメンバーやスタッフを交えて両方を聴き比べ、結局、最初のバージョンをメインに進めることになった。久々に聴きましたけど、こっちはこっちでおもしろいですね、やっぱり。
――事務所とレーベル移籍第一弾で、ソロ2作目の『俺はまたいつかいなくなるから』は当初、タワーレコード限定のリリースでした。レーベルは“空気の底”です。
事務所内に作った僕のレーベルで、手塚治虫さんの連作短編シリーズ『空気の底』からいただきました。“空気の底”ってすごい表現だなと思ったし、“空気の底”くらいに深い心の底で自分は何を考え、何を言いたいのかということに、僕はこだわっていたんでしょう。自分の正体なんて、暴いても暴いても剥ぎ取れるのは“皮”ばかりで“肉”まではとても辿り着けないんですけどね。それをいまだに続けている気がします。
――アートディレクションと写真は紀里谷和明さんです。
ミラーシートを使った撮影でしたけど、たくさんのテイクの中からメインのカットに彼が選んだのは、僕の顔が半分歪んだ写真だったんですよ。ちょっとダークな感じがするし、まともな顔で写ってる方がいいんじゃないかとチラッと思ったりもしましたけど、この写真が、彼の僕に対する印象を表しているんだろうと考えて任せました。素晴らしい選択だったと今は思います。僕の根本にはダークサイドがあるし、それがタイトルに反映されてもいる。そのアルバムのジャケットにぴったりだったな、と。当時の僕にはまだ、それをどこかで取り繕いたいという節があったんですね。
久々に聴きましたけど、素晴らしいアルバムに仕上がっていましたね。当時はまだFLYING KIDSという十字架をどこかで背負っていて、「これで本当にいいのか」という迷いから抜け出せないままただただ必死に作ってましたけど、完成した時には「ソロでしかできない自分の音楽をやっと作り上げた」という手応えがあったのも確か。ただ「売れる」とはあまり思えなかった(苦笑)。僕ただただ自分に正直に音楽をやっていただけで、そこを信頼し、そういう僕が作る音楽を愛して、メンバーやスタッフは支えてくれていたんでしょうね。のちにフセマンが「ハマちゃんの周りには音楽が本当に好きな人ばかり集まってるよね」と言ってましたけど、確かにそうかもしれない。
このアルバムは自分にとって作らざるを得ない、これを作らなければ何も始まらなかったという1枚ですね。今回、それを再確認しました。

(当時のレコーディング風景。)
インタビュー : 木村由理江

