152. FLYING KIDSとはほぼ真逆の『日生処の詩』の音世界
――アルバム『俺はまたいつかいなくなるから』の3曲目は『日生処の詩』。浜崎さんはこの曲を1999年6月の頭に作っていたようです。
カメラマンの小暮徹さんに「ハマちゃん、渋谷のスクランブル交差点とか見ながら曲を作ったら?」と冗談っぽく言われたんですよ。いろいろ相談もしていたし僕がもがいているのを知っていたから「やってないことをやってみたら?」というアドバイスだったんでしょう。時間はありましたから、交差点が見渡せるスターバックカフェの2階に半日くらい陣取って、浮かんでくる言葉をメモして、街をうろうろして・・。歌詞を書き始めて数日後にはアレンジを考えてました。その段階で「これは新境地だ」と確信していましたね。
――それをベースに約9ヶ月後、メンバーとレコーディングに臨んだわけですね。ジャズっぽい雰囲気で、ライブ感があって、各メンバーの存在感も際立っています。
ベースとギターとドラムとピアノというシンプルな編成で、ギターの音が多少歪んでいる以外になんの装飾音もないし、メロディはほとんど同じコードを繰り返すだけで、間に短いサビが2回入るだけ。それなのに場面や雰囲気がスリリングにどんどん展開して聴こえるのは、各メンバーのセンスと技術と表現力のなせる技ですね。フレーズだけでなく、音の強弱とか変化に富んだタッチがアレンジになっているというか。FLYING KIDSの音楽のおもしろさは、サンプリングして貼り付けたようなヒップホップの世界を生で演奏することにあって、楽器の音量も均一で大きかったから、ほぼ真逆と言っていいですよね。だからこそ、細やかな演奏から生まれる音楽世界を自分の楽曲に取り入れられたのはとても嬉しかった。ジャズに近い世界観に仕上がったのは、堺さんの演奏の影響も大きいのかもしれないですね。山田くんと波田野くんはどちらかというとファンク系の人たちだから。そういえばこの曲、レコーディングのサウンドチェックのためにやった最初のテイクです。歌も含めて一発OKでした。歌詞を間違えたところは、後日、歌い直しましたけど。その達成感も大きかったですね。みんなでこの曲を仕上げ、レコーディングできたことを、僕は今も誇りに思っています。
――醒めた目線で描かれたシーンには、孤独や誰かを求める気持ちのようなものが複雑に絡んで溢れている気がします。交差点を眺める浜崎さんの胸にはどんなことがよぎっていたのでしょう?
あまり明確じゃないし、明確にしたくもなかったというか。ただ心に浮かぶ景色や言葉をコラージュする中から浮き彫りになってくる何かを大事にしようと考えてました。それがどんなものなのか、僕自身、期待もしていたし。だから歌詞を書く上でも作為的なものはできるだけ排除しました。ただ、先ほど言われた孤独感とかコミュニケーションへの渇望に支配されているのは確かです。それはアルバムの他の曲にも言えますね。創作意欲は溢れているのに、自分の音楽状況がなかなか安定しない状況へジレンマも、この歌詞には隠れているかもしれない。
最近、たまに弾き語りでやるんですけど、オリジナルはこんなにテンポが速かったのかと、ちょっと意外でした。ちなみにタイトルは山岸涼子さんの『日生処の天子』から、歌詞に出てくる“rhyme”はソニック・ユースの『Free City Rhymes』からいただきました。

(当時所属していた事務所の忘年会の写真。THE BACK HORN、つじあやのさん、キセル、トルネード竜巻なども一緒に。)
インタビュー : 木村由理江
