151.『偉大なる女性に告ぐ』は初めて作った女性を崇める歌

――『俺はまたいつかいなくなるから』の仕上がりに貢献した堺敦生さん。大学時代から歌い手のポテンシャルを引き出すタイプのキーボーディストだったんですか。

 それはこの時に初めて知りました。歌の世界をきちんと表現してくれるキーボーディストなんだ、ということも。大学の部活(“Jazz研”の異名も持つ東京学芸大学の経音楽部)の一年先輩で同い年の堺さんは、僕がやっていた東京ボンバーズ&ニューブリーフにも参加してくれてましたけど、その時はピアノじゃなくパーカッションとかトロンボーンとかをやっていました。元々はドラムをやっていたはずだから、要するに、楽器ならなんでも演奏しちゃうような人なんですよ。当時から「すごく才能のある人だなー」と思っていたから、新しいキーボードを誰にしよう? と思いを巡らせたときに真っ先に浮かんだんでしょう。そのちょっと前くらいに、どこかで偶然会っていたのかもしれないけど。

この曲、久しぶりに聴きましたけど、かっこいいですね。「一発でOK出すぞ」という気合が入っているのもすごくいい。

――アルバム『俺はまたいつかいなくなるから』の2曲目は『偉大なる女性に告ぐ』です。

 当時、事務所の社長の安藤さんや年上の人たちと夜な夜な飲んでいたお店で、よくブルースがかかっていたんですよ。ある夜、マディ・ウオーターズの『(I’M YOUR )HOOCHIE COOCHIE MAN』(1954年)が流れて「そうだ、自分なりのブルースを歌ってみよう」と思って作ったら、女性を崇める歌になった。そういう曲を書いたのはこれが初めてでした。

 僕は“昭和の男”ですから、「料理は女性がするもの」という教育を受けて大きくなりましたけど、ソロになって家で曲作りばかりしていた頃から買い物かごを抱えてスーパーで食材を選んだり、台所に立つようになり、女性に対する考え方が変わり始めたんですよ。女性の偉大さに気がついて、「もっと女性を大切にしなきゃ」と思うようになった。同時に、自分の中の女性性を見つめる瞬間もあったりしたし。それを歌にしようとしたら、パートナーとしての女性の存在がより色濃く出た曲になって、最終的には「俺を抱いてくれ」みたいな歌になりましたね(苦笑)。

――『俺はまたいつか・・』でも〔しっかりと抱きしめてくれないか〕と歌っています。

 (この頃の僕は)よっぽど抱きしめて欲しかったんでしょうね(笑)。〔もっと ずっと ぐっと ぎゅっと〕はサビでのフレーズに使えるなとか、アイディアはバンバン出てきて、それを次々反映させてました。最終的に石山さんがジャニス・ジョップリンばりのシャウトをぶち込んでくれて、予想もしていなかった仕上がりになった。これもメンバーによるひとつの奇跡ですね。この時にしか作れなかった曲だったと、久々に聴いて思いました。

――『偉大なる女性に告ぐ』の浜崎さんの歌声もとても魅力的です。

 歌詞やメロディやサウンドだけでなく、歌も自分が目指していたものに少しずつ近づけていた頃でしたね。“年齢を重ねつつもワイルドな歌”をやっと思い通りに歌えるようになってきたというか。僕の今の歌のスタイルは、ほとんどがこの曲から派生したもの。そういう意味でもこのアルバムは僕にとってはものすごく大きいんですよ。

(中学時代の担任の宗像先生と。右は友人の釜井君。)


インタビュー : 木村由理江