89.スタッフが大喜びし、新しいファンも呼び込んだ『恋の瞬間』

――9枚目のシングル『恋の瞬間』(1993年10月27日)には三菱「ファンヒーター」のCMとテレビ東京系「地球・知りたい気分」エンディングテーマ、二つのタイアップがついていました。

 「ファンヒーター」のタイアップの話をいただいて作った曲ですね。バンド内コンペで曲を選ぶ時に僕が考えたのは、「FLYING KIDSをもっとポップにしたい」ということでした。シングルになるのだし、アゲアゲのパーティソングでもいいのではないか、と。ただしポップなだけでなくちゃんとファンクの要素がないといけない。それで「ジャクソン5をモチーフにするのはどうだろう」と提案しました。「ジャクソン5かー」と思ったメンバーもいたかもしれませんけどね。で、丸山さんの曲をベースに作業を進める中で、ベーシストの根岸孝旨さんにアレンジャーで入っていただくことになった。根岸さんは当時、岡村靖幸さんの編曲もしていましたから、明るくてちょっとロックなファンクにするにはぴったりだろう、と思って。ほぼ同世代でしたから、バンドの一員みたいな感じでセッションしながら一緒にアレンジを考えてくれました。ホーンアレンジも根岸さんが細かくやってくれたはずです。ただ「やりすぎたかな」という反省も、自分の中にありました。こんなに明るいだけの曲を、FLYING KIDSでやっちゃってよかったのかな、と。でも出来上がった時はスピードスターのスタッフも大喜びだったし、この曲で新しいファンもたくさんついてくれましたね。

――歌詞も軽やかというか軽薄というか(笑)。

ミュージシャン活動がずっと続いてましたから、この頃には僕もそれなりにチャラチャラし始めていたということです(苦笑)。オープンカーに乗ったりシャンパンを飲んだり、「人生をエンジョイしよう!」としていたと思います。まあ青春ですね。その中には悲喜こもごもあるわけですけど・・。

PVはNYで撮りました。以前NYでクラブをやっていた事務所のスタッフが、「おもしろい人がいる」とロンドン出身NY在住の映像クリエイターを紹介してくれて、「じゃあNYでロケをしようぜ」という話になった。と言っても行ったのは僕だけ。「いろいろ勉強してきてくれ」と言われて、マドンナの“The Girlie Show”ツアーの初日をマジソンスクエアガーデンで観たり、ブロードウエイで『The Who’s Tommy』を観たり、ブルーマンのオフブロードウエイの公演を観たり。その合間にタイムズスクエアで撮影して帰国した思い出があります。

――それが浜崎さんの初めてのNYですか?

  そうです。しかも初アメリカ。「月刊カドカワ」の巻頭カラーの連載が始まったり、再注目され始めた頃でしたね。一丸となってFLYING KIDSを押し上げようとしてくれるスピードスターレーベルのスタッフや上向きになってきた状況に応えるべく、「今までとは違うポップなFLYING KIDSの音楽を作っていこう、もう一回頑張るぞ」と一致団結するような心持ちだったと思います。

(雑誌に掲載された初期のFLYING KIDS )


インタビュー : 木村由理江