78.今、改めて感じるプロデューサー・中村哲さんの想い
――アルバム『レモネード』の5曲目の『冬になれば』は加藤さんの曲です。
アレンジのモチーフはスティーヴィー・ワンダーの『Isn’t She Lovely?』(1976年)ですね。僕はこの曲、すごく好きなんですよ。加藤の曲を聴いた途端に気に入って、本当に素直に歌詞を書きました。素直にすぎてひねりがないのはどうかとも思うけど。ノスタルジックなのはやっぱり、加藤の曲だからでしょうね。
――“冬になれば”というキーワードも自然に出てきたんですね?
そうだと思います。加藤の曲は、メロディと感情が重なってスムーズに作れるパターンが多いから、最初にメロを聴いた時に〔冬になれば〕と浮かんだんでしょう。寒くなる冬だからこそ感じる暖かさってあるじゃないですか、冷たい手を包んでくれる誰かの温もりとか、立ち上る湯気にほっこりする感じとか、12月が終わるとまた新しい年が始まっていくという期待感とか。そういう暖かさを歌いたかったんだと思います。
歌詞と並行して進んでいたこともあるんでしょうけど、アレンジが本当に細かいんですよね。音による情景や感情の描写みたいなものが見事で、素晴らしいとしか言いようがない。当時より今、それを感じます。『君とサザンとポートレイト』のアレンジと同じく、これも中村さんチームじゃないと絶対に生み出されなかったサウンドですね。
――『少年と少女のようなキスをもう一度』がアルバムを締めくくります。
アル・グリーンの『Let’s Stay Together』(1971年)が、アレンジのモチーフになっています。ストリングスも入って、フィラデルフィアソウルみたいですよね。歌詞のテーマには結構悩みました。フセマンの曲は素直でわかりやすいから、何を歌っていいか、見えてくるまで時間がかかるんですよ。最終的に、枯れ始めたというか、関係がすっかり落ち着いたカップルの心象を、自分自身の感覚を交えて歌詞にしました。でも当時はそんなに気に入ってもいなかったし、歌詞の内容がロックじゃないと、ライブでもあまりやらなかったはずです。
ところが最近になって、そんなに力を入れて書いた記憶もなかったその歌詞に、カップルの心象が実に正直に描かれていることに気がついたんですよ。きっかけはFLYING KIDSの大ファンだというベーカリープロデューサーの岸本拓也さんに「大好きな曲なんです」と言われたこと。正直僕は、この曲の存在をほとんど忘れていて、岸本さんに言われた時もピンとこず、改めて聴いても最初は「へー、こんな曲、作っていたんだ」って(苦笑)。ただ、なんともいえない気持ちになった。「自分はFLYING KIDSのすべてを把握してるつもりだったけど、把握してないFLYING KIDSがここにあった。ということは他にも把握できてないところ、忘れているところがたくさんあるんじゃないか」と。それで2022年の弾き語りツアーでこの曲を何度か歌ってみたら、「この気持ち、この感覚は今も自分の中にあるな」と思えた。それくらい丁寧に歌詞が書けていたこと、今も歌える楽曲であるだけでなく、30年経った今だからこそより伝えられる楽曲になっていたことに驚きました。多分それが、中村さんチームがアレンジを通してこのアルバムに込めた、FLYING KIDSの成長や未来への想いであり提案だったのかも知れないですね。
――言葉がポロポロとこぼれてくるような当時の歌い方は意識して?
意図的にキーを下げて、つぶやくように歌いました。当時はちょっとやりすぎな気がしていましたけど、曲とアレンジと歌い方が合致して、この楽曲の世界がちゃんと表現できている。悪くないなーと思います。
(今年行った北海道・北見オニオンホールの楽屋の入り口に貼ってあったFLYING KIDSの昔のステッカー。)
インタビュー : 木村由理江