![]() ![]() 藤田理麻 乙女座。血液型O型。東京生まれ。兵庫県芦屋市で育つ。 1970年代に両親と共に渡米、両親が帰国後もNYに在住。 NY名門私立中学校、高校を経て、パーソンズ美術大学にてイラストレーションと絵画を専攻後、学士号修了。学生時代からアメリカの「コスモポリタン」や「インファッション」などの一流女性誌のイラストで脚光を浴びる。絵の制作と同行して平和活動に熱意を注ぎ、NYやワシントンDCを拠点として、俳優リチャード・ギアや女優ユマ・サーマンたちと「フリーチベット運動」に積極的に携っている。現在はチベット孤児達のためにチベット民話の絵本を制作中(本は2001年の9月出版予定)。 毎年ソーホーにて平和をテーマにしたイベントと個展を自らプロデュースして話題を呼んでいる。 趣味は水泳と読書。著書に「藤田理麻のシンプル瞑想」(画文集、講談社)がある。 ジョルジオ・アルマーニ賞文化人部門受賞。 |
浜:「このインタビューって、海外で生活してる人にいろいろお話をお伺いしてるんですけど、藤田さんの場合、外から見て日本とう国に対して、何か息苦しさというか、閉塞感のようなものを感じることってありますか?」 藤:「逆にみんなに聞きたかったの。私は海外に住んでて、たまに日本に帰ってきたらいつも、息苦しさを感じていたんだけど、みんなはどうなのかなって。息苦しく感じてるのは私だけなのかなって。だけど、そこで感じる息苦しさの原因っていうのが、日本とか東京とかの場所にあるものなのか、それとも、そう感じる人の個人の中にあるものなのか、私にはわからないけど」 浜:「うーん...」 藤:「私はここ何年かチベットの僧侶の下でお勉強会に参加してるんですけど、あの人達が持ってるように見える平穏さ、どんな状況に会っても平和でいられる心って、どんな場所でも同じだと思うのね。たとえあの人達は東京に来ても同じだと思う。だとすれば、そういう息苦しさとかも、その人の心の中の問題なのかな、とも思う。まだ私の中では答えの見つかってない問題だけど」 浜:「心の持ちようってことですね。藤田さんって、生まれは日本なんですか?」 藤:「東京生まれで兵庫育ちです。で、13歳の時、1979年に両親の仕事の都合でNYに移住しました。丁度アメリカが大不況で治安が悪い時代だったんです。それで親が心配して、私を私立の、99%ユダヤ系のお金持ちの子供が行く学校に入れたんです。そういう特殊な学校だったし、日本人は私だけだし、なかなか友達が出来なかったんですね。そんなとき、好きだった絵を描くことを通じて友達が出来て行ったんです。絵が自分にとってコミュニケーションのツールになったんです」 浜:「その頃から、すでに絵が好きだったんですね。絵を通じて友達が出来て行った時の話を、もう少し詳しくお話してもらえますか?」 藤:「最初は友達が欲しくて、みんなの真似をしてみたんです。みんなが着てるような服を着てみたり。でも、それがいけなかったんですね。ある日、あなたの国のことを教えてくれって言われたとき、日本のことを知らなさ過ぎて何も言えなかったんです。それがかえって馬鹿にされたことがあったんです。その時に、周りや相手に合わせて自分を変えるよりは、私は私だってデンとしてる方が友達が出来るんだって分かったんです。なんとなく、そう思い始めてた頃、私がいつも絵を書いてるのを見て興味を持ってくれた人が友達になっていったっていう感じ」 浜:「いい意味の個人主義ですよね。日本だと、周りから浮いてしまうんじゃないかっていう恐怖感の方が強くて、けん制しあってるいような気がするんだよね。学校だったらいじめにあうとか、逆に、周りが見えないと友達が出来ないとか。大人の社会でもそうだけど」 藤:「これはもう、文化の違いですよね。特にNYだと相手の意見を尊重するっていう姿勢が根付いてる。例えば、子供の頃からドラッグと遭遇する機会って少なくないんですね。パーティなんかだと必ず出てくるから。でも、『やる?』って薦められても『私はやらない』って言えば、『あ、そ』で終わるんです。だからって『なんだあいつ』みたいなことはないです。こういう個人主義が根付いているのは、アメリカのいい面かもしれない。親子や家族でも、個人は個人という考え方だから、子供を子供扱いしないところがありますしね。でも、その反面、ほとんどの人が常に孤独感を抱えているのも事実で、そこは、日本や東洋の家族や親を大切にする家族のあり方の方が私は好きです。日本人にありがちな、マゾヒスティックに日本人であることを恥ずかしく思う気持ちってあるじゃないですか(笑)。私はアメリカに渡って23年になるんですけど、そういう時期もあったんです。例えばNYにみえる観光客がブランド物に群がってるを見て恥ずかしいって思ったりね。でも、今は考えが変わって、ブランド好きの国民でもいいじゃないかって思う。世界にはいろんな国民がいるんだし、国が違えば習慣も違うし感覚も違うし。日本人はブランド好きなのよってデーンとしてていいと思う。西洋人の中には日本に憧れを抱いている人も多くいて、彼らにとっては堂々としていて欲しいと思うんですよね。最近やっとそう思えるようになったところですけどね」 浜:「日本もだんだん変りつつはありますけどね。昔に比べたら個人主義も浸透してると思うし。かと言って、全てがいい方向に変わってるかというと疑問ですけど」 藤:「幼児虐待が多くなったりね。日本にしばらくいてそういう感じも私は受けていて、今回のイベント(藤田理麻絵画展『ランゼン」 )はチベットの難民キャンプで生活している孤児たちのために、っていうのが趣旨ですけど、それだけじゃなくて、今の日本に対する私なりの気持ちは込めているんです。弱い立場の人間が、さらに弱い人間を追い詰めることで幸せになることは出来ないんだ、弱い人間を助けることで自分も満たされるんだっていう、根本的なことを考えて欲しかったんです。私たちは、当たり前のことなのに忘れてしまっていることが、たくさんあるんじゃないかなって」 浜:「理由がないっていうか、その先がないんですよね。例えば、人を殺すにしても、誰かを守るとか組織を守るっていう構図があれば分かり易い。けど、たぶん、閉塞感に押しつぶされそうになって生きてる中で、勝手な妄想を抱いて勝手に敵にして殺してしまったり。闘いの原則に収まっていないですよね。目標がないんですよね。新宿のビデオ屋に爆弾投げた高校生とかね」 藤:「行き場がなかったり、何していいのかわからなくなっちゃってる人たちが、知らない人を刺すことで自分の存在を確かめてるんじゃないかな。刺した、人が死んだ、っていうのを見て、俺は実在してたんだって実感してたってことでしょうね。だから、自分の存在を確認するための他の術を知らなかったり、思いもよらなかったりするんでしょうね。理想論になっちゃうんだけど、ボランティアなんかで人を助けることで自分の存在を確認するっていう方法もあるとか、道はいくらでもあるんだって気づかせてあげることが出来れば、そういう行き場のない感じの事件って減って行くんじゃないかと思うんですけど」 浜:「楽しい人間の存在のし方、みたいなね。そういう情報を僕も発信できればいいなと思います。もちろん、情報を得るだけでは心から変っていくとは思えないから、あくまでそれをきっかけに自分の角度で物事を考えて自分の道を作っていってほしいね」 _ 浜:「影響された画家っていますか?」 藤:「いますよー。もう、バルディスが特に」 浜:「バルディス、僕も大ファンなんですよ。僕、学生の頃は美術系の学校だったんですけど、その頃一番好きなのがバルディスだったんですよ」 藤:「そうなんだ! バルディスとは不思議な縁があって。モックン(本木雅行)が私の絵のファンで、その縁でモックンの肖像画を書かせてもらったことがあるんです。で、その当時、篠山紀信さんがモックンの写真集を出してたんだけど、その直後、篠山さんがバルディスの写真集も出したから、みんなで会ったことがあるんです。私はバルディスの肖像画を買ってて、それをモックンにあげたりしてたから、なんか全部が繋がっちゃって」 浜:「言われて見ると、理麻さんの絵と通じるところがありますよね。似てるわけじゃないんですけど、日常から浮遊してるっていうか。目に見えない感じですね。余談ですけど、バルディスってすごい“侍”が好きなんですよね」 藤:「そうそう、“侍”好きで、毎日着物着て生活してたんだって」 浜:「それで、勝新太郎さんが呼ばれたことあるんだって。『座頭市」 の大ファンで、一度会ってみたいって招待したんだって。それで勝新が抱きしめられたって」 藤:「面白いね(笑)」 浜:「話、戻しますけど、理麻さんが絵を描くときに当たって、特に気にしてることってありますか?」 藤:「あります。あのね、例えば、絵を描く前に私は精神統一します。というのは、考えて考えて書いたものって、つまらないんですよね。作ったあと、書いたあとに、自分でもどうやって書いたのかわからないものの方が完成度が高いんです。芸術は頭じゃなく、心で作るものだって思うんですけど、ただ、そう純粋に思える日ばかりじゃないのが曲者で。人間ですから、ここをもうちょっとこうした方が受け入れられるかな、とか、思っちゃうんですよね、つい。だから、最近は簡単な瞑想をして、今日は駄目だなって思った日はもう書かないんです」 浜:「音楽も同じですね」 藤:「そう思います。私にとって絵っていうのは、自分が何かを伝える、表現する道具のひとつで、たまたま、絵、なんです」 _ 浜:「理麻さんがチベットに関心を持つことになったきっかけって何だったんですか?」 藤:「夢なんです。こういうこと言うと馬鹿にする人もいるんですけど、私は絵もそうなんですけど、夢をすごく大事にしてるんです。で、4年前に、チベットに関して今すぐあなたに出来ることをしなさいって、命令みたいな夢を見たんです。ところが恥ずかしい話なんですけど、それまでチベットのこと何にも知らなかったんです。ダラ・イラマのことすら知らなかった。それでいろいろ調べてはじめて、大変なことになっていることを知ったんです。共産党中国の侵略で120万人ものチベットの一般市民が殺されてるんです。今でも続いてるんです。それで、ダラ・イラマを始め何万人もの人が国を追われてインドに逃れているんですけど、インドだけで親を無くした難民の子供たちもインドだけで3万人はいるんです」 浜:「具体的な活動はどんなことをされているんですか?」 藤:「自分に何が出来るんだろうって、まず考えますよね。そしたら不思議なことに、20年間NYに住んでいて1度も会ったことのないチベットの人達と立て続けに出会ったんです。偶然っていうか必然的なことだったと思います。最初に友達になったチベット人が紹介してくれたのが女優のユマ・サーマン。彼女や彼女のお兄さんたちはチベットにために活動しているんです。そこからはもうあっという間に輪が広がって、いろんな活動に参加することになりました。江沢民がNYに来たときはデモに参加したり、ピースをテーマにしたイベントをやったり」 浜:「今回のイヴェントのことを、知らなかったという人のために理麻さんの口から改めて説明していただけますか?」 藤:「チベットのために私が出来ることは何かを考えていったら、消えつつあるチベットの民話を探して、そのお話をチベット語で載せた絵本を作ってチベットの子供達に贈ろうと思ったんです。絵本には英語も載っていて、チベットの子供たちにとっては語学の勉強になるように、チベットを知らない世界の子供たちも読めるように、しました。これを4年前から細々とはじめたんですけど、いろんな方のご協力があって、やっとインドにあるチベット難民キャンプに届けられるようになったんです」 浜:「活動を通してチベットの文化について知ることも多いと思うんですけど、チベット文化で素晴らしいところってどんなところですか?」 藤:「何故、今これだけのアメリカ人がチベットを支持したり関心を寄せるのかと言うと、チベット文化の中に、今、アメリカ人が行き詰まってる問題を解決してくれるヒントがあるからだと思うんです。アメリカはほとんどクリスチャンですよね。クリスチャンの教えっていうのは、死んだら天国へ行くか地獄へ行くかの、どちらかなんです。でも、今の時代、死んでただ天国に行くだけだなんてはずはないって、納得できなくなってるんですね。疑問を抱き始めている中、しかもローマ法王は未だに同性愛はいけないとか、信じられないようなことを言ってるから、おかしいって思い始めているんです。でもダラ・イラマは、人間は特定の宗教なんて持たなくていいんだ、人間として良い心を持てばいいんだって発言しているから、そこに共感する人が増えているんだと思います。NYでテロ事件が起きた時も、みんなが逃げてる時に救助に走ったりして真っ先に動いたのはチベット人だったんです。どんな逆境にいても常に、絶対的に弱いものを助けるという彼らの考えや行動から教わることが多いんです」 浜:「日本も学ぶことがありそうですね」 藤:「日本は戦後、それまで信じていた神を失ってから、お金っていうものがある意味、神になっていったと思うんです。でも、お金は入ったり出たりするので、何があっても揺るぎ無いものではないじゃないですか。チベットの人達の心の中にある仏教の教えは、何があっても揺るぎ無いものなんですよね」 浜:「日本では、ほとんどの人が手に入れるものは手に入れたけど、でも満たされない。そんな中で何が自分を満たしてくれるのか、満たしてくれるものをみんな求めてると思うんです。少なくとも“物”じゃないものがチベットにはあるってことですかね」 藤:「そう、物じゃなくて心なんだと思います。恐らく、心が幸せな人は、お金があっても無くても幸せだと思うんです。逆に、心が不幸せな人はいくらお金が増えようが名声を得ようが、幸せにはなれないんだと思います。お金や名声って、自分のアウター(外)にあるものじゃないですか。アウターな場所に自分の価値を置いてしまうと、それが無くなったときに自分は一体何物なんだろうってことになっちゃう。外部ではなく、自分の中にしか存在しない何か−−心の平和であったり−−を自分で育んでいけば、それが本当の幸せを生む源なんだと思います。私もまだそれを得ていないし、いつも悩んでるんですけど」 浜:「俺もそうです(笑)」 藤:「美しい話だし、そうなれればいいなって思うし努力はしてるつもりなんですけど、自分より豊かな暮らしをしてる人を見るとつい、いいなって思っちゃうし(笑)」 浜:「いい車欲しいなとか、なかなか欲から逃れられないですよね」 藤:「でもそれが現実だし、でもだからこそ、その中でどう折り合いをつけて一人一人が幸せを求めるか、そのためには何が大切なのかを考えていくことが大切なんだと思います」 _ 浜:「さっき話に出たテロのことですけど、実際にNYで体験されてるんですよね。お聞きしてもいいですか?」 藤:「もちろん。私は、話さなくちゃいけないと思っています。私の住んでいる場所はダウンタウンだから、ビルの爆破は肉眼で見ていました。1機目が最初のビルのぶつかった時にすごい音で起きたんです。友達から電話がかかってきて大変なことになってるから気をつけてって言われて、それから2機目が突っ込むところからビルが倒壊するまで見ていました。事件から3日くらい、放心状態でした。食べずに寝ずに、何もしてなくてもただ涙が出て来たり。ああいうショック状態は生まれて初めてでした。それでも、反戦運動が始まって、それには参加していました。そういうところに出て自分をハイにしていないと、気が狂いそうで。そこにいた人はみんな同じ気持ちだったと思います。翌日からブッシュは戦争だって言ってましたからね。一体、どこに対して戦争するの!? ってみんな言っていました。私は家が無事だったから、まだ助かりましたけど未だに家に帰れない友達はたくさんいます。そんな中で、6分だけ許可が下りて家に帰った友達がいたんだけど、帰ったらキッチンに足や腕が転がってたとか。そんな話ばかりで、頭がおかしくなりそうでした。精神科に行ったら、あなたのような人が何人も来てるし、これは人間として当たり前の反応だって言われて、精神安定剤をもらったんです。その薬を手にしてるだけで、とりあえずホっとしましたね。唯一、心の支えになったのは、NYの人達の団結心でした。こんなときだからがんばろうって、みんがながみんなに対して親切で。ずっとこうだったらいいなって思ったくらい」 浜:「僕の感想になっちゃうんですけど、TVを通じて日本であの事件を見ていた体験だと、どこか、リアリティを希薄にしか感じられない自分に気づきました。逆に、平和であることの幸せを実感しましたけどね」 藤:「でも、同じNYでも、ミッドタウンに住んでる人なんかは実感がないって言ってましたよ。未だに信じられないってみんな見に来て、はじめて何かを感じてた」 浜:「未だに夢を見ていたような気がします」 藤:「でも、ああいう事件を体験すると、自分にとって何が大切なのかパーンとわかりますよね。みんな、それを痛感したんじゃないかな。家族だったり、それぞれみんな違うんでしょうけど。今までどうってことのなかった人が大切に思えたり。アメリカでも家族の有り難みを感じた人は多かったみたいで、ファミリーで出かける場所が流行っていますよ。私は一人暮らしなんですけど、違いますよ、誰かいるのといないのとは。結婚はいいやって思ってたんですけど、結婚願望が沸いてきちゃった(笑)」 浜:「確かに、根本を見なおす機会にはなりましたよね」 藤:「地球全体に対して、人々の在り方を考えるいいチャンスなのかもしれない。戦争では解決しない問題だし」 浜:「エルサレムをユダヤ人が追われてからずっと続いてる話でもあるわけですからね。だから、簡単には何がいいのか判断できないし、自分自身どうすればいいのかもわからない。でも、こうやって人と話をしていったりして自分の中の思いを形作って行くしかないと思う」 藤:「結局、本当の平和って個人の中から生まれるものだから、一人一人の中身がそうでないかぎり訪れないと思うんです。だから、時間はかかるかもしれないけど、一人一人が自分の心の平和を作っていくしかないんですよね。すごく気が遠くなる話かもしれないけど、でも、何年、何万年かかるかわからないけど、時間をかけていい世界になっていくと信じたいですよね。今回の絵本のプロジェクトも、いろんな人に携わっていただいてずっと続けていきたいと思っています。私が死んでも続いていくものであって欲しいな」 ![]() |
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