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ワカリアエナクテモ。

04/12/2005
ハマザキ → KYONKYON

小泉今日子様

「恥ずかしさ」ですか、なるほど。面白い主題ですね。私の場合はなんだろう?「ビビリ」かな。どこかでいつも「ビビっている」気がします。こんな事するとヤバいんじゃないかな、だから一生懸命やろう、とか、今日はがんばったから多分大丈夫だろうとか・・。では私は何に対してびびっているのでしょう?とりあえずは「死」かな?逆に言えば、死んでもいいくらい満足できる瞬間を手に入れたいと、常に願っているのではないでしょうか。他にはやはり「孤独・淋しさ」でしょうね。たまにはいいけれど。でも人間は社会的な生き物だから、結局「孤独」というのも、ある種の「死」を意味するのかもしれません。男が女を求めるのも、やはり「ビビリ」なのではないでしょうか。自分の命が見失われていくのを、どうにかしてつなぎ止めたいという欲望が、「性」に走る所以のような気がしてなりません。「孤独・淋しさ」と似た「嫌われたくない」というのも同じかな。「怒り」を感情のベースにできる人は、生命力に満ちあふれていそうですね。だって「怒り」って疲れますものね。確かに他人に対して攻撃的な状態になる事が自分にもないわけじゃありません。私の場合、それもどこかで自分の維持している命を脅かされそうな時に、よく感じるので、結局同じ結論に行き着いてしまいます。それにしても、「恥ずかしさ」「怒り」「ビビリ」「淋しさ」、どれをとっても「自己愛」から来ている気がしますね。「愛」の目標は、実はそんな「自己愛」から脱出して、自分以外の存在を、よりももっと大切に思えないだろうか、という想いの話なのかな。まあ、とにかく、私の魂はまだちっちゃいのです。はやくもっと大きくならないと、ねえ。

追伸
よくよく考えたらもうひとつありました。「興奮」です。恥ずかしながら、冷静なふりして実は「興奮」したがっているのです、私。
 浜崎貴司
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